シトロエン C6

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シトロエンヒストリー
1919年 アンドレ・シトロエン 創造性。テクノロジー。そして大胆さ。1919年にアンドレ・シトロエンは、自らの名を冠したブランドで、冒険の旅に乗り出しました。
1919年 CITROËN TYPE Aの広告 シトロエンの初めてのモデル、Type Aが個性的な広告と共に発売されました。
1919年 CITROËN TYPE Aモデル 1,323cm3の4気筒エンジンを搭載し、最高速度65km/hの名車、Type Aの発売を開始しました。
1920年 シトロエン車両の販売台数が1万台に 市場に参入してわずか1年で、シトロエンは1万台を販売しました。
1921年 シトロエンによるエナメルプレート 常に時代の一歩先を行くシトロエンは、1921年2月20日に、ドライバーの道案内用としてエナメル製の道路標識を作成。この標識は、フランスの道路網各地に設置されました。
1921年 CITROËN B2 シトロエンにとって2番目のモデルとなるB2が発売されました。Type Aをよりパワフルで高機能に進化させた一台です。
1922年 パリモーターショーでのCITROËN 5HP パリモーターショーでCitroën 5HPを世界初公開。Type Aをベースとした新型コンパクトカーが誕生しました。
1922年 大空に描かれたシトロエンの文字 これまでにない大胆なクリエイティビティが、人々を驚かせました。第7回パリモーターショーの開幕を記念し、シトロエンのブランド名が航空機により空中に描かれたのです。パリ、そしてシトロエンだからこそ実現した企画です。
1922年 サハラ砂漠のシトロエン 1922年に発売されたハーフトラックのクオリティを広く知らしめるべく、アンドレ・シトロエンは、サハラ砂漠をこの車で走行することを決めました。そしてジョルジュ=マリ・アールト (Georges-Marie Haardt)とルイ・オードワン=デュブレイユ(Louis Audouin-Dubreuil)の2人が、1922年12月17日から1923年3月7日にかけてトゥグルトとトンブクトゥ間をこの車両で往復しました。
1923年 シトロエンのミニカーの広告 アンドレ・シトロエンは、「パパの車」のミニチュアレプリカとなる子供用ミニカーの生産を開始しました。最初に発売されたのが、オープン・ツアラーのTorpedo B2 10HPです。それから10年間の売上個数は、3万個を超えました。
1924年 パリモーターショーでのCITROËN B10 それまでの木材と金属を組み合わせたボディに代わり、初のオールスチールボディを持つ車両、B10が発表されました。
1924年 シトロエンの年間生産台数が5万台に 1924年には生産台数が5万台に達しました。
1924年 アフリカを走るCROISIÈRE NOIRE(黒い巡洋艦隊) 2年前のサハラ砂漠横断の成功を糧に、シトロエンは、Croisière Noire(黒い巡洋艦隊)の名を冠した遠征隊を組織しました。コロン・ベシャール(現在のベシャール)からケープタウンまでアフリカ大陸を北から南へと縦断するこの遠征は、1924年10月28日から1925年6月26日にかけて行われました。
1925年 エッフェル塔でのシトロエン電飾広告 1925年から1934年まで、合計600kmに及ぶ配線そして25万個の電球を用いて、シトロエンの文字を高さ30メートルの位置から配置した壮観な電飾広告がエッフェル塔を飾りました。チャールズ・リンドバーグは、大西洋横断飛行後パリに着陸する際にこの広告を目印としました。
1925年 シトロエン初の修理用カタログ シトロエンは、交換パーツカタログと併せ、修理のための初のディーラー用事典を発行しました。
1926年 国民一人あたりの所有車両数に関する公式統計 1926年にはフランス国内で所有される車両のほぼ3分の1が、シトロエン車となりました。
1926年 +J35パリショーでのCITROËN B14 シトロエンは、ラグジュリーな特長を備えた大衆向けモデル、B14を公開しました。この車は、両大戦間の時期に最も人気ある車両の一つでした。さらに、フランス初のクローズドキャブを備える商用車、B15も併せて公開されました。
1926年 従業員3.1万人、1日の生産台数400台を達成 この年、シトロエンで働く従業員は3万1千人となりました。さらに1日の生産台数400台という、欧州記録を打ち立てました。
1927年 チャールズ・リンドバーグがシトロエン工場を訪問 世界で初めて大西洋単独横断飛行に成功したチャールズ・リンドバーグが、シトロエンの工場を訪れました。
1927年 パリモーターショーでのC4とC6の公開 パリモーターショーで、C4とC6の2つの新型モデルを公開しました。
1929年 ジャヴェル通りのシトロエン工場を公開 シトロエンは、パリモーターショーの期間中にジャヴェル通りにある工場を一般に公開しました。アンドレ・シトロエンのパイオニア精神があらためて発揮された出来事でした。
1929年 CITROËN C6 1が登場 シトロエンはフランス製として初のハイスピードトラック、C61を導入しました。キャビンを完全にスチールで囲んだ構造で、最大積載量は1,800kg。42 bhpの6気筒エンジンを搭載していました。
1930年 新型CITROËN C4Fの広告 新型商用車C4がこの年に登場しました。取り外し可能な後部座席と2ピース構造のテールゲートを備えるモジュール方式を取り入れた機能的なモデルです。これよりも7cm短く、新型キャブレター、ギアボックス、クラッチが追加されたモデルがファミリーバージョンのC4Fです。
1931年 CROISIÈRE JAUNE(黄色い巡洋艦隊)によるアジア横断 Croisière Noire(黒い巡洋艦隊)の遠征から5年後、シトロエンは新たにCroisière Jaune(黄色い巡洋艦隊)を組織しました。ベイルートから北京まで、数々の制約を克服しアジア横断を目指す遠征隊でした
1931年 1931年に開発されたフローティングエンジン アンドレ・シトロエンはアメリカから、多くの新たなアイディアを携えて帰国しました。その一つがフローティングパワーエンジンです。このコンセプトの実現により、シトロエンは自動車の近代化に新たな貢献を果たしました。 この革新的システムでは、エンジンとシャーシ間にゴム製マウントを配置することで、エンジンの振動が軽減されます。
1932年 シトロエンのフローティングエンジン C4GとC6Gは、フローティングパワーエンジンを搭載し、MFP(モーターフローティングパワー)の名が与えられました。この技術によってシトロエンは、再び欧州のライバル企業よりも優位な立場となりました。そしてすべてのシトロエン車にこのエンジンが搭載されるようになりました
1932年 CITROËN ROSALIE シトロエンはRosalieシリーズの導入を開始し、パリモーターショーで、8CV、10CV、15CVを展示しました。8CVと10CVはC4に代わる車両であり、6気筒を備えた15CVはC6の後継モデルとなりました。 1931年以降これらのモデルは、リナ・モンレリー・サーキットで数々の記録を樹立し、間もなくRosalie(ロザリー)と呼ばれるようになりました。
1933年 CITROËN ROSALIE 8CV モンレリーのサーキットでは、134日かけて30万kmを走破。平均時速58マイル。この世界新記録を達成した車は、Petite Rosalie (8CV) です。
1934年 CITROËN 7A 革新性、安全性、快適性、そして効率性。シトロエンが発表したType 7Aは、イノベーションを安全性や快適性、そして優れたパフォーマンスと融合したモデルです。そして、前輪駆動、ユニット化されたオールスチールのボディ、四輪すべてに作動する油圧ブレーキ、トーションバー付き独立ホイールサスペンション、OHV式フローティングパワーエンジン、そして取り外し可能なシリンダーライナー等を持つこの車は、自動車業界に革命を起こしました。
1934年 新たな前輪駆動機構を備えたCITROËN 7A パリモーターショーで新たな前輪駆動モデル「11」が披露されました。7のボディをベースにしながら、幅は14cm、全長は20cm大きくなりました。46 bhpで3速ギアボックスを備え、最高時速66マイルでの走行が可能です。
1934年 財務問題に直面 Traction Avantの発売も、シトロエンが直面していた財務上の問題を解決することはできず、債務が返済できない状況に陥りました。当時のシトロエンは、フランスそして欧州で最大手であり、世界でも2位の自動車メーカーでした。そこでフランス政府は、主要債権者であるミシュラン社に、債務を清算し再建を助けるように頼みました。そしてシトロエンは、ミシュランの傘下で事業を継続することになりました。
1935年 アンドレ・シトロエンが死去 アンドレ・シトロエンが重い病でこの世を去り、ピエール・ブーランジェがCEOとなりました。
1936年 CITROËN 2CVのスケッチ ピエール・ブーランジェが先頭に立ち、エンジンが小型で手頃な価格の車を開発するプロジェクトを開始。後の2CVの誕生につながりました。仕様書にはこの車が、「人間4名と50kgのジャガイモを運ぶことが可能で、最高時速は37マイル、燃費は3リットル/100km、かつ快適な乗り心地を保証」できることが要求されていました。
1936年 パリモーターショーでのCITROËN ROSALIE 11 MI シトロエンはパリモーターショーで、11 MIディーゼルエンジンを公開しました。乗用車用としては世界初でした。
1938年 CITROËN 2CVのプロトタイプ シトロエンは、TPV(Toute Petite Voiture = 超小型車)のプロトタイプでの初の路上試験を行いました。この車が、後に成功をおさめる2CVとなりました。
1938年 CITROËN TRACTION AVANT 15 CV Traction Avantファミリーに、新たに15-Sixが加わりました。広々として快適で速く(時速84マイル)、運転しやすい15-Sixは、その優れたロードホールディング能力によって「オートルートの女王」と呼ばれるようになりました。
1939年 CITROËN TUB シトロエンは商用車TUB (Transport Utilitaire série B)を発売しました。このモダンなバンには、前輪駆動のレイアウトや、荷物の積載時に役立つスライドするサイドドアといった特徴があります。
1939年 2CVの発売準備が整う フランスの自動車試験機関による承認を得て、2CVの市場でのデビューの準備が整いました。
1940年 爆撃にあったジャヴェル通りの工場 ジャヴェル通りのシトロエン工場が爆撃の被害に遭いました。損傷のなかった2CVのプロトタイプは分解され隠されました。パリが占領下に置かれたことで、生産も次第に縮小していきました。
1941年 木炭ガスで走行するCITROËN TYPE 23 と TYPE 45が登場 燃料が不足する状況で、シトロエンは新たなオプションをユーザーに提供しようと行動を起こしました。そして木炭ガス燃料で走行するType 23ならびにType 45商用車が誕生しました。
1942年 戦争の影響で、年間生産台数が10万台から9千台に減少 戦争中は、年間生産台数が10万台から約9千台へと減りました。
1942年 再び爆撃に遭ったジャヴェル通りの工場 ジャヴェル通りの工場が2度目の爆撃を受け、生産設備が深刻なダメージを受けました。
1944年 CITROËN初のトラックが出荷 それでもシトロエンは断固として事業を継続。爆撃から1年後には、ジャヴェル工場から初のトラックが出荷されました。
1945年 ジャヴェル工場を再建 ジャヴェル通りの工場が再建されました。シトロエンは需要増に応えることに熱意を注ぎ、生産台数は、戦前のレベルの13.4%まで伸びました。
1946年 フランスの復興 シトロエンの製造車両のうち、半数がバンでした。
1946年 CITROËN B11 & B15の公開 10月のパリモーターショーで、シトロエンは、 11 B(別名11 Normale)、11 BL(別名11 Légère (Lightの意味))、15-SixGの3モデルを披露しました。
1947年 CITROËN TYPE Hの発表 Type Hが初めて公開されました。ピエール・ブーランジェCEOは、仕様書にこのように記しています。「モノコックボディ、前輪駆動、4気筒で強力なリアサスペンションを備えるTraction Avantの多くの特徴を受け継ぐこと。」シトロエンのこの既存モデルとできるだけ多くのパーツを共有することが、開発の主目的でした。
1948年 CITROËN 2CVを公開 パリモーターショーで、ついに2CVが一般の人々、さらに来場していたヴァンサン・オリオール大統領に披露されました。来場者は2CVの斬新なルックスに大いに驚きました。個別輸送の新たなアプローチを実現した2CVは、1990年7月27日までに、その派生車すべても含めて、合計500万台以上が販売されました。
1949年 CITROËN TYPE HZが登場 パリモーターショーで披露されたコンパクトタイプのバン、Type HZ。最大積載量は850kgで、最高速度は88km/hです。パリモーターショーで披露されたコンパクトタイプのバン、Type HZ。最大積載量は850kgで、最高速度は88km/hです。
1950年 パリモーターショーでCITROËN 2CVバンを発表 納品まで6年待ちという2CVの成功を受けて、シトロエンは2CVのバンバージョンをパリモーターショーで発表しました。最大積載量250kgで375cm3エンジンを搭載したこのバンは、最高時速60km、燃費は5リットル/100kmでした。
1950年 ピエール・ブーランジェが死去 シトロエンの会長であった、1885年3月10日生まれのピエール・ブーランジェがその生涯を終えました。
1951年 CITROËN 15 CV Citroën 15 CVがフランス政府の公用車に選ばれました。
1951年 CITROËN 2CVバンの生産を開始 シトロエンは、2CVバンの生産を開始し、その後1978年3月までに、120万台の2CVを製造しました。
1952年 車両へのトランクの追加 顧客の要望に応えるべく、シトロエンは、Traction Avantに、積載スペースを2倍にするリアトランクエクステンションを追加しました。
1953年 CITROËN TYPE 55商用車が登場 Type 45に代わる新モデルとしてType 55商用車が登場しました。76 bhpのガソリンまたはディーゼルエンジンを搭載し、最大積載量は5,000kg、車両総重量は9,300kgとなりました。さらに、6気筒ディーゼルエンジンを搭載した29座席のバスバージョン、55 UADIの生産も開始しました。
1954年 CITROËN 15-SIX 15-Sixでは、車高を一定に保つハイドロニューマチック・サスペンションがリアに取り付けられました。この画期的な技術は、シトロエンの設計部門が開発しました。
1955年 CITROËN 15-SIXの生産を終了 シトロエンは、23年にわたって販売し続けた15-Sixの生産を終了しました。
1955年 シトロエンによる技術そしてデザインの革新が披露されたパリモーターショー SFの世界から抜け出してきたかのような個性的なルックスと前衛的なインテリアを持ち、ハイドロニューマチック・サスペンションとハイドローリック・アシストを備える車両、DSが発表されました。わずか45分で750台を受注したのに続き、1日で12,000台、ショーの終了までに約8万台という売上を記録しました。
1955年 46 CDUの発売 初の四輪駆動トラック、46CDUがこの年に発売されました。95 bhpの6気筒ディーゼルエンジンを搭載し、最大積載量は5,000kg、車両総重量は9,300kgでした。
1957年 CITROËN ID 19 新たにラインナップに加わったID 19。スタンダード(63 bhp、4,000 rpm、時速130km)とラグジュリー(66 bhp、4,500 rpm、時速135km)の2つのバージョンからの選択が可能でした。
1958年 CITROËN TRACTIONの生産を終了 シトロエンは、Traction Avantの生産を終了しました。製造台数は合計で75万台を超えました。
1958年 CITROËN 2 CV SAHARAの発表 シトロエンは、2CV 4x4、別名2CVサハラを発表しました。425cm3エンジンを二基搭載したこの四輪駆動車は、オフロードで驚くべき力を発揮します。最大積載状態でも、傾斜角度40度以上の砂地を登ることができる車両です。
1958年 ジャヴェル通りの名称が、正式にアンドレ・シトロエン通りに変更 シトロエン創業者、アンドレ・シトロエンの功績により、ジャヴェル通りの正式名称がアンドレ・シトロエン通りになりました。
1959年 モンテカルロでのCITROËN ID 19 モンテカルロラリーにて、ID 19がコルテローニ、アクレクサンダー、デロジエのチームにより勝利を収めました。これを機にシトロエンは、他のロードレースにも参加することを決めました。
1959年 CITROËN DSのカーボディ シトロエンが新たな快挙を成し遂げました。建築家ジオ・ポンティが当時会長を務めていたアートとデザインの国際展示会、ミラノ・トリエンナーレで、DSのボディを展示してほしいという要請を受けたのです。
1960年 CITROËN CABRIOLET DS 19がパリで公開 シトロエンはパリモーターショーで、アンリ・シャプロンがボディワークを手掛けたDS 19 Cabrioletを披露しました。DS 19では、76のカラーコンビネーション、13色のボディワーク、11の色調のレザートリムと内装生地といった多様なカスタム化のオプションが選択できました。
1960年 レンヌのシトロエン工場の看板 ブルターニュのレンヌ・ラ・ジャネ工場がオープンしました。最新型機器とオートメーションを取り入れたこの工場は、1日あたり1,200台を生産する能力を有していました。シトロエンでは初の、ボディの組立と最終組立が共に行われる工場でした。
1961年 CITROËN AMI 6の発売 欧州各地でAmi 6が同日発売されました。Amiファミリーを充実させるこのモデルでは、強く目を引くボディラインそしてクリフカット型リアウィンドウが特徴となっています。
1962年 ド・ゴール大統領暗殺未遂事件で被害を受けたCITROËN DS パリ郊外のプティ=クラマールでのド・ゴール大統領の暗殺の試みは失敗に終わりました。大統領が乗っていたCitroën DSのタイヤにも多数の銃弾が撃ち込まれましたが、車は大きくダメージを受けることなく、路面にとどまりました。
1962年 ベルサイユのCITROËN DS 19 ポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場での初開催となったパリモーターショーで、シトロエンは、新たなスタイリングのDS 19を公開しました。 ノーズとバンパーのデザイン変更によりエアロダイナミクスと性能を改善したこのモデルの最高速度は、時速160kmに達しました。
1963年 CITROËN DS シトロエンは、モータースポーツ部門を創設。ルネ・コットンがこれを率いることが決まりました。
1964年 フラミニオ・ベルトーニが死去 フラミニオ・ベルトーニはシトロエンの主力デザイナーであり、歴史に名を遺したDS 19やAmi 6のデザインも手掛けました。
1964年 CITROËN DS 19 PALLAS インテリアのトリムと仕上げに特に力を入れたこれまでにない洗練された一台、DS 19 Pallasが登場しました。
1964年 CITROËN AMI 6 ESTATE パリモーターショーにて、シトロエンは、Ami 6のエステートバージョンを発表しました。さらにシトロエンの全車両でシートベルトがオプション装備されることになりました。
1964年 CITROËN 2CVのドア 2CVのドアが、前ヒンジに変わりました。
1965年 CITROËN DS 21 新モデルDS 21がついに登場しました。5ベアリングのクランクシャフトを備え、さらに動的な挙動変化に対する補正を行う自動ヘッドライトレベリング装置が搭載されました。
1965年 モンテカルロ・ラリーでのCITROËN DS パウリ・トイヴォネンが運転するDSが、このモデルでの最後の参加となったモンテカルロ・ラリーで勝利しました。
1967年 CITROËN DYANE シトロエンのラインナップに新たに加わったDyaneは、2CVとAmi 6の中間に位置付けられるモデルです。Dyaneでは、2CVの実績ある機構(425cmᶟのフラットツインエンジン、4速ギアボックス、100km/hの最高速度、4.9リットル/100kmの燃費)が、これまでになかったボディラインと融合しました。テールゲートと折り畳み式後部座席を備え、エステートモデルのあらゆる利点を取り入れたサルーンです。
1967年 CITROËN DSとIDのヘッドライト DSとIDの全モデルで、ウィング、ボンネット、バンパー、ロワーフェアリングを含むスタイリング変更が行われました。光学システムにも変更が加えられ、4つのヘッドライトのうち2つはハンドル操作に合わせて回転するようになりました。
1968年 CITROËN DYANE 6 新たに登場したDyane 6 では、Amiで使用したエンジンが一段と強力になりました(602cm3、時速110km、燃費6.1リットル/100km)。
1968年 CITROËN MÉHARI シトロエンの2気筒車ファミリーに新たに加わったMéhariは、独創的で汎用性のある、あらゆる地形に対応するモデルです。プラスチックのボディワークでは錆も発生せず、軽度の衝突や擦り傷に耐性を有します。
1969年 CITROËN AMI 8 Ami 6の後継モデルとして、デザインを変更し、よりシンプルでエレガントなボディワークとなったAmi 8が登場しました。
1969年 CITROËN DS 21の電子制御式燃料噴射装置 DS21の登場により、シトロエンは再び競合他社を引き離す成功を収めました。DS21は、電子制御式燃料噴射装置をフランスで初めて採用した量産車です(120 bhp、時速188km、燃費10リットル/100km)。
1969年 ゴールドのCITROËN DS 100万台目のDSが生産ラインから出荷されました。記念となるゴールドのボディワークのDS 21です。
1970年 CITROËN M35 M35は、生産台数わずか267台の限定モデルです。ボディワークはAmi 8をベースにしています。この2ドア4人乗りクーペでは、ハイドロニューマチック・サスペンション、シングルローターの995cm3ロータリーエンジンと4速ギアボックスが用いられていました。M35のプロトタイプは、ある意味、車輪の付いた実験室のようなものでした。そして年間3万キロ以上を走行するお客様にM35のテスト走行に参加していただきました。
1970年 CITROËN SM 1968年にマセラティとの提携から生まれたモデルが、Citroën SMです。このスポーティで豪華なツーリングカーには、前輪駆動装置、油圧系統、サスペンションに関するDSでの経験が活かされています。エンジンにはマセラティV6を採用し、5速ギアボックス、ラック式の油圧パワーステアリングであるDiraviシステムが用いられています。このモデルのダイナミックなクオリティは、フランス国内だけでなく欧州そして米国の目利きたちを魅了しました。
1970年 パリモーターショーでのCITROËN GS パリモーターショーで公開されたGSは、Ami 8とDSの中間に位置付けられるモデルです。流れるようなボディラインを持つGSは、当時最高のエアロダイナミクスを誇る車でした。水平対向4気筒の空冷エンジンとハイドロニューマチック・サスペンションを搭載しています。
1970年 ペルセポリス・ラリー シトロエンが開催したパリ-ペルセポリス-パリを走破するこのラリーには、あらゆる地位や職業の若者1,300人が参加。2CV、DyaneあるいはMéhariのハンドルを握り、パリ郊外からイラン南部へと至る13,800 kmのかつてない冒険の旅に出発しました。
1970年 CITROËN GSが1971年の「カー・オブ・ザ・イヤー」に この年の「カー・オブ・ザ・イヤー」に、GSが選出されました。
1971年 モロッコ・ラリーでのCITROËN SM Citroën SMが、このモデルでの初のモータースポーツイベントとなるモロッコ・ラリーで勝利を収めました
1972年 CITROËN DS 23 DS 21の後継モデルとなるDS 23が登場しました。キャブレター仕様と電子制御式燃料噴射仕様があり、2,347cm3エンジンを搭載しています(時速188km、燃費12リットル/100km)。
1973年 CITROËN AMI SUPER Ami Superは、AmiのボディとGSの4気筒エンジンを組み合わせたモデルです。
1974年 シトロエンがプジョーと合併 ミシュラン社ならびにプジョーグループは、シトロエン(Automobiles Citroën)とプジョー(Automobiles Peugeot)を合併して国際的グループを創業することを決定しました。
1974年 CITROËN C35 フィアットと提携して製造した、最大積載量1,885kgのLCV、C35が発売されました。
1974年 CITROËN CX パリモーターショーでCitroën CXが披露されました。前モデルであるDSほど革新的ではないにせよ、シトロエンの数々の最新技術が盛り込まれた車両でした。フロントにエンジンとギアボックスアセンブリを横置きで配置し、ハイドロニューマチック独立懸架式ホイールサスペンションによって車高が一定に保たれました。シングルワイパー、凹面リアウィンドウ、未来的なインパネも特徴的です。
1975年 CXが複数の賞に輝く CXは、「カー・オブ・ザ・イヤー」、"Safety Prize"(安全賞)、"Award Style Auto"といった複数の賞を受賞しました。
1975年 パリで製造された最後のCITROËN DS 23 ジャヴェル工場の生産ラインから、最後のDSが出荷されました。車両番号は、1,330,755でした。デルタブルーのボディを持ち、電子制御式燃料噴射装置を搭載したDS 23 Pallasでした。
1976年 CITROËN CXのエステートモデルが登場 シトロエンから、Citroën CXのエステートバージョンが発売されました。
1976年 パリモーターショーで、CITROËN LNがお披露目 シトロエンは、パリモーターショーで、LNを公開しました。プジョー104クーペをベースにし、同レンジで最小のエンジンを最小のボディに搭載したモデルです。602cm3の空冷フラットツインエンジンは32 bhpの馬力を発揮し、さらに4速ギアボックスを搭載して、最高時速120 km、燃費は5.9リットル/100kmでした。
1976年 セネガルでのCITROËN CX 2400 CX 2400が、セネガルでのTour Automobile du Sénégalレースで、上位5位までを独占しました。
1977年 CITROËN DYANE CABAN シトロエンは、1,500台限定のスペシャルシリーズ、Dyane Cabanを発売しました。
1977年 CITROËN CX 2400 GTI CX 2400 GTIは、電子制御式燃料噴射装置、さらに2,347cm3エンジンを搭載し、128 bhp、最高時速189km、燃費8.1リットル/100kmの性能を誇る一台です。
1978年 CITROËN CX PRESTIGE ホイールベースを長くした(+25cm)、CX Prestigeが登場しました。
1978年 CITROËN ACADIANE 2CVバンに代わるモデルとして、Dyaneをベースにした新型コンパクトLCV、Acadianeが登場しました。31 bhp、最高時速100kmの602cm3エンジンを搭載しています。
1978年 CITROËN LNA パリモーターショーで、2種類の新モデルが披露されました。LNの後継車となるLNA、そしてVISAです。この2つのモデルは、量産車としては世界で初めてフル電子制御式点火装置を搭載しました。
1979年 MÉHARI 4X4 7速ギアボックス(通常4速+トランスファー3速)に加えて、減速機付きリバースギアを搭載したMéhari 4x4が発売されました。
1980年 CITROËN CHARLESTON 2CV Charlestonは、2CVにツートーンのボディワークと丸型ヘッドランプを取り入れたモデルです。当初は8,000台限定の特別シリーズの予定でしたが、人気が高かったため、1981年に量産モデルになりました。
1981年 CITROËN VISA II VISAに代わる車両として、ボディワークのデザインを変更し、より燃費の良いエンジンを搭載したVISA IIが登場しました。
1981年 CITROËN C25 シトロエンは、プジョーそしてフィアットと共同で、新型LCVモデル、C25を発売しました。
1982年 CITROËN VISA GT VISAのラインナップを一段と充実させるVISA GTが、VISA II Super Xの後継車として登場しました。80 bhpの1,360cm3エンジンを搭載し、燃費5.6リットル/100km、最高時速168kmの走りを見せる一台です。
1982年 CITROËN BX シトロエンは、新たな顧客の獲得を目指し量産車BXを発売しました。この5ドア、5シートの2ボックスサルーンは、GSAとCXの間に位置付けられます。発売当初から、4速ギアボックス付き62 bhpの1,360cm3エンジン、5速ギアボックス付き72 bhpの1,360cm3エンジン、5速ギアボックス付き90 bhpの1,580cm3エンジンの3種類のパワートレインの選択が可能でした。
1983年 CITROËN VISA コンバーチブル VISAのコンバーチブルタイプが発売されました。フレキシブルなリアウィンドウ付きフードは、完全に畳んでしまうこともフロント部だけをオープンにすることもできます。
1983年 シトロエン車のフロントウィンドウ この時期より、すべてのシトロエン車のフロントウィンドウが合わせガラスとなりました。
1983年 トタル社、ミシュラン社と共にウィメンズ・トロフィーを開催 シトロエンは、トタル社そしてミシュラン社と協力して、ウィメンズ・トロフィーを創設しました。応募者6,000名から11人のドライバーが参加し、6度のイベントが行われました。そして2名がワークスドライバーとなりました
1984年 CITROËN BX 19 GT 車載コンピューターを導入し、1,905cm3 (時速185km)のエンジンを搭載したBX 19 GTが発売されました。
1984年 CITROËN C15 E VISAをベースに、C 15 E(ガソリンタイプ)とC 15 D(ディーゼルタイプ)の2種類のLCVが登場しました。最大積載量は570kgです。
1984年 CITROËN CX 25 GTI TURBO CX 25 GTi Turboは、電子制御式燃料噴射装置を用いる2,500cm3のターボエンジンを搭載し、馬力168 bhp、最高時速220kmの性能を発揮します。際立ったパフォーマンスを実現する、このカテゴリーで最も優れた車両の一つです。
1985年 CITROËN VISA GTI 1,580cm3のインジェクションエンジンと5速ギアボックスを持つ、Visa GTiが登場しました。最高時速188kmの、真のGTi車です。
1985年 シトロエンのロゴがレッド&ホワイトに シトロエンのロゴが新たなルックに生まれ変わりました。これ以降、以前のブルーとイエローのロゴに代わり、次第にレッド&ホワイトの新ロゴが用いられるようになります。
1986年 CITROËN AXが披露される シトロエンはパリモーターショーで、AXを公開しました。3ドアの前輪駆動ハッチバックで、空気抵抗係数0.31というこのモデルでは、新たな横置きの垂直型パワートレインを採用しました。
1987年 シトロエンの新たな防錆保証制度 これ以降、すべてのシトロエン車に5年間の防錆保証が付属することになりました。
1987年 CITROËN AX SPORTおよびGTが新登場 小型スポーツカー市場へのAXの登場に続き、この年の3月にはAX Sport、10月にはAX GTが発売されました。モロッコラリー、モンテカルロ・ラリーへの参加も実現しました。
1987年 CITROËN BX 19 GTI 16バルブの新モデルBX 19 GTi 16には、フランスで初のマルチバルブエンジンが搭載されました(4気筒、1,905cm3、164 bhp、最高時速218km)。
1988年 「オペレーション・ドラゴン」を開催 「オペレーション・ドラゴン」と名付けられたこの企画では、欧州各地の140人の若きドライバーが、深圳から北京までの4,500 km以上をAXで走破しました。
1988年 CITROËN ACTIVA パリモーターショーでお披露目されたActiva。研究用の試作車であったこの車は、4輪操舵やエレクトロニック・サスペンションといったシステムの開発の基盤となりました。
1988年 CITROËN AX SPORT TURBO AX Sport Turboは、フランスのスーパープロダクションチャンピオンシップの10のイベントで7つの入賞という結果をもたらしました。
1989年 CITROËN BX 4X4 BXの新たな2モデル、BX 4x4とBX 4x4 Evasionがディーラーに到着しました。四輪駆動トランスミッションに、フロント、センター(ロック機構付)、リアの3つのリミテッド・スリップ・ディファレンシャルを備えます。
1989年 CITROËN XM シトロエンの新たなフラッグシップモデル、XMが登場しました。ベルトーネがデザインを手掛けたこのハッチバックサルーンは、エレクトロニクスのインテリジェンスと、油圧方式のパワーと柔軟性とを融合したサスペンションシステムを搭載する世界初の車です。すなわちハイドラクティブサスペンションが初めて採用されたのです。
1990年 2CVの生産を終了 合計5,114,940台が製造された2CVの最後の1台が、ポルトガルのマングアルデ工場で華々しく見送られました。このモデルは生産終了後すぐに、コレクターズアイテムとして人気を博しました。
1990年 CITROËN XMが「カー・オブ・ザ・イヤー」に XMが「カー・オブ・ザ・イヤー」に選出され、獲得した国際的なアワードは14に達しました。
1990年 電気自動車CITROËN C15とC25が登場 パリモーターショーが再び、シトロエンの技術面でのリーダーシップを知らしめる格好の舞台となりました。Activa 2と並び、電気自動車C15とC25が展示されたのです。この2台のワーキングプロトタイプは、ショーで大きな注目を集めました。Activa 2は、200 bhpの馬力を誇る3リットルのV6 24バルブエンジンを搭載し、自動4速ギアボックス、アクティブロールコントロールシステム、5つの機能を持つディスプレイを備えていました。
1991年 バタネンの運転でCITROËN ZX RALLYE RAIDがパリ-ダカール・ラリーに勝利 アリ・バタネンが運転したZX Rallye Raidが、第13回パリ-トリポリ-ダカール・ラリー(9,186km)で優勝しました。
1991年 CITROËN ZXが初披露 ジュネーブモーターショーで、Citroën ZXが初めて一般公開されました。そして3月に、Reflex、Avantage、Aura、Volcaneの4モデルで構成されるシリーズとして発売されました。AXとBXの中間に位置付けられるZXは、角度調整可能な背もたれを備えるスライド式後部座席を採用した欧州初の車です。
1992年 シトロエンの電気自動車のプロトタイプ シトロエンが開発したプロトタイプの電気自動車、Citelaは、セビリア万博のフランスパビリオンでの重要な展示の一つとなりました。
1992年 CITROËN ZX RALLYE RAIDが、パリ-モスクワ-北京ラリーで優勝 Croisière Jaune(黄色い巡洋艦隊)から60年経ったこの年、ピエール・ラルティーグとミシェル・ペランが、16,000kmを走行するパリ-モスクワ-北京ラリーで、Citroën ZX Rallye Raidでの初の優勝を達成しました。
1993年 CITROËN XANTIAの市販を開始 Xantiaの市販が開始されました。長さ4.44mのこの5ドアサルーンは、シトロエンとベルトーネのスタイリングセンター間の協力から生まれました。Xantiaの開発に際しシトロエンは、培ってきた広範な技術力を活かし、運転の楽しさを新たなレベルに引き上げるだけでなく、強力なパッシブセーフティシステム(ハイドラクティブ2)を導入しました。
1993年 CITROËN AXの生産台数が200万台を突破 オルネー=スー=ボワの工場から、200万台目のAXが出荷されました。
1994年 CITROËN JUMPERが登場 ジュネーブ商用車ショーにて世界初公開されたCitroën Jumper (Relay)。プジョーそしてフィアットとの協力関係から生まれたJumperは、目を引く外観、新型のガソリンおよびディーゼルエンジン、新型ギアボックスなど多彩な魅力的特徴を備えています。
1994年 CITROËN EVASION (SYNERGIE) が登場 ジュネーブモーターショーで、Citroën Evasion (Synergie)が披露されました。この新モデルは、運転の楽しさ、快適性、乗り心地、安全性を実現する、エグゼクティブサルーンとしてのあらゆるクオリティを備えています。
1994年 CITROËN XANTIA ACTIVAが市場にお目見え パリモーターショーで公開されたXantia Activaは、革新的なSC.CARロール制御システムを用いることで、水平を保ったままコーナーを曲がることができる初のモデルです。さらに、ドライバー用エアバッグ、リアパワーウィンドウ、フロントの調整可能なシートバックなどの特徴も充実しています。
1995年 CITROËN ZXの生産台数が100万台を突破 オルネーの最終組立工場から、100万代目のZXが出荷されました。
1995年 CITROËN JUMPYが新たに登場 トランスポートショーにおいてシトロエンは、Jumpy (Dispatch)を披露しました。このコンパクトで機能性と汎用性に優れたバンは、最大積載量815kgで、4m3という広さも便利です。
1995年 CITROËN AX ELECTRICの発売を開始 AX Electricが市場でのデビューを飾りました。20kWのパワー、そして最高時速91kmで、1回の充電での航続距離は75kmの、市街地に適した一台です。このモデルは、3ドア4シートのハッチバックと、2シートのフリートバージョンから選ぶことが可能でした。
1995年 CITROËN SAXOのお披露目 Citroën Saxoが、プレスに公開されました。
1996年 SAXOの8カ月間の生産台数が10万台に オルネー最終組立工場でのSaxoの生産台数が、8カ月で10万台に達しました。
1996年 CITROËN SAXO CUP AX Cupの後継モデルとして、Saxo Cupが登場しました。
1996年 CITROËN BERLINGOが市場にデビュー 新たなモデル、Citroën Berlingoが発売されました。そのスタイリングと装備はLCVというよりも乗用車に近く、3m3という広さと、800kgの最大積載量を誇ります。
1996年 CITROËN BERLINGO MULTISPACE 機能性と快適性に優れるBerlingo Multispaceが初めて公開されました。発売開始は、1997年初頭の予定となりました。
1997年 パリからモスクワへの国際CITROËN BERLINGOラリー 国際的な広報活動として、欧州各地からの18歳から35歳の若い参加者によるCitroën Berlingo パリ-サマルカンド-モスクワ・ラリーを開催しました。
1997年 CITROËN XSARAの販売を開始 Saxo(3.72m)とXantia(4.52m)の中間の大きさとなるCitroën Xsara(4.17m)が、新たにラインナップに加わりました。新世代のエグゼクティブミッドレンジ車の第一弾として設計されたXsaraは、快適性、安全性、ロードハンドリングにおけるシトロエンブランドの卓越性を証明しました。
1998年 CITROËN 2CV車の展示。3つの個性的モデル 「レトロモバイル」展示会でシトロエンは、1939年に承認された車両から始まる2CVシリーズの個性的な戦前の3モデルを披露しました。
1998年 SAXOの生産台数が、50万台に 50万台目のSaxoが、組立を終えて出荷しました。彫刻家のセザールが、この車両のスポンサーとなっていました。
1998年 CITROËN XSARA PICASSOを初公開 100周年を迎えたパリモーターショーにて、シトロエンは、 Xsara Picassoを公開しました。 前から見るとワンボックスカー、後ろから見るとハッチバックのこのコンパクトなサルーンは、独創的でイノベーティブなスタイリングで高く評価されました。
1998年 CITROËN C3 "LUMIÈRE" コンセプトカー シトロエンの未来に対する視点を表現するC3 "Lumière" コンセプトカーは、将来の量産モデルの土台として作られました。その機能もインテリアのレイアウトも、汎用性と同時に革新性を有しています。
1998年 CITROËN ZANTIAとSAXOが共に100万台を突破 レンヌ・ラ・ジャネ工場では100万台目となるXantiaが、そしてオルネー工場ではSaxoの100万台目が完成しました。
1999年 CITROËN C6 "LIGNAGE" コンセプトカー ジュネーブモーターショーで、「シトロエンが考える旅の技術」を表現するコンセプトカー、C6 Lignageが披露されました。将来のエグゼクティブブランドモデルとしての新たな構造的・デザイン的オプションを提案する一台です。他にもシトロエンのスタンドでは、従来の車のカテゴリーのどこにもフィットしないオリジナルなモデル、Plurielが展示されました。
1999年 シトロエンの遺産を集めたオルネーのCITROËN CONSERVATOIRE(コンセルヴァトワール) シトロエンはオルネーに、シトロエンの遺産を集めたCitroën Conservatoire(コンセルヴァトワール)を開設しました。総面積6,700m²に及ぶこの建物では、創設当初から今日に至るまでのシトロエンブランドの車が保存されています。このセンターは、2001年11月28日にオープンしました。
2000年 CITROËN C3 PLURIELを公開 ジュネーブモーターショーにて、Citroën C3 Plurielが披露されました。
2000年 パリモーターショーでのCITROËN C5 パリモーターショーでシトロエンは、C5を公開しました。格調高さとパワー、優れた性能や力を兼ね備えた一台です。さらに歩行者と自動車の運転者を調和させる設計のコンセプトカー、Osmoseも発表されました。Osmoseは、コミュニケーションとオープンさを促進する、未来の市街地用車両です。この車は後に、パリのジョルジュ・ポンピドゥー・センターにも展示されました。
2001年 ローブとエレナが、フランスラリーとワールドラリー(ジュニア)のチャンピオンに シトロエンの若きホープ、セバスチャン・ローブがコ・ドライバーのダニエル・エレナと共に、Xsara Kit Carでフランスのチャンピオンシップタイトルを獲得しました。この2人は、Saxo Super 1600でジュニアワールドラリーチャンピオンシップにも勝利しています。
2001年 フランクフルトモーターショーでのCITROËN C-CROSSER シトロエンがC3を公開したフランクフルトモーターショーでは、C-Crosserも併せて展示されました。フロント側に3座席を配置したこのコンセプトカーでは、運転ポジションが移動可能で(左、中央、右)、"x-by-wire"テクノロジーに基づく電子制御を採用してステアリングコラムを無くしました。冒険、自由そして幸福感を感じられる設計の、汎用性に優れた一台です。
2002年 CITROËN C8がお目見え ジュネーブモーターショーでシトロエンは、あらゆる乗客のニーズに応える設計で、家族または友人とのドライブに適したC8を公開しました。
2002年 ローブとエレナがWRC初優勝 若きドライバー、ローブとエレナが、ドイツにてWRCでの初優勝を達成しました。
2002年 パリモーターショーでのCITROËN C-AIRDREAMの公開 ブランドの新たなコンセプトカー、C-Airdreamがパリモーターショーで披露されました。この2+2クーペが、シトロエンがさらなるスタイルを開発するチャンスを生み出しました。
2003年 CITROËN C2 SPORTコンセプトカーを公開 シトロエンは、ジュネーブモーターショーにおいて、C2 Citroën Sportを披露しました。コンセプトカー部門とシトロエン・スポールが共同開発したコンセプトカーです。
2003年 CITROËN C2とAIRLOUNGEコンセプトカーを披露 フランクフルトモーターショーでシトロエンは、4人乗りのコンパクトな3ドアハッチバック、C2を披露し、今後の計画を明らかにしました。またショーでは、ブランドのクリエイティビティをあらためて実証するコンセプトカー、C-Airloungeも大きな注目を集めました。
2003年 シトロエンが、ワールドラリーチャンピオンに シトロエンは、2003年に13の入賞によりワールドラリーチャンピオンとなり、セバスチャン・ローブはドライバー部門で2位となりました。
2004年 CITROËN XSARA PICASSOのロゴ Xsara Picassoの100万台目が工場から出荷されました
2004年 パリモーターショー パリモーターショーでシトロエンは、C4ハッチバックおよびクーペ、新型C5とC5エステート、燃費とCO2排出量を減らす革新的設計のC3 Stop & Startなどを公開しました。
2004年 セバスチャン・ローブが、ワールドラリーチャンピオンに シトロエンはシーズンの終了を待つことなく、コルシカラリーで2度目の世界タイトルを獲得しました。セバスチャン・ローブはラリーで2位となり、ドライバー部門で初のWRCタイトルを獲得しました。
2005年 CITROËN C1の生産を開始 魅力的な、見る者を楽しませるスタイリングのコンパクトカー、Citroën C1の生産が始まりました。このモデルは、3ドアと5ドアの2タイプで提供されました。
2005年 ジュネーブモーターショーでCITROËN C6を公開 シトロエンは、ジュネーブモーターショーで、新たなフラッグシップモデルとなるサルーン、C6を公開しました。2006年初頭の発売予定も明らかにされました。
2005年 ジュネーブモーターショーでCITROËN C SPORT LOUNGEをお披露目 フランクフルトモーターショーで、コンセプトカー、C-Sport Loungeが初公開されました。
2005年 CITROËN DSが発売50周年に Citroën DSが発売から50年目を迎えました。記念としてパリの街路で、1,600台のDSによるパレードが行われました。
2006年 CITROËN C-TRIOMPHEコンセプトカー シトロエンから中国市場専用のコンセプトカー、C-Triompheが登場しました。
2006年 CITROËN C-MÉTISSEコンセプトカー パリモーターショーでシトロエンは、情熱と理性を表現する新コンセプトカーを発表しました。C-Métisseは、運転の楽しみを目標とするシトロエンにとって、新たなオプションを追求するための一台です。
2006年 CITROËN GRAND C4 PICASSOが市場にデビュー 同レンジのXsara Picassoの上位モデルとなる、Grand C4 Picassoが登場しました。
2007年 CITROËN C-CROSSERを公開 ジュネーブモーターショーで、同年7月に発売予定のC-Crosserが公開されました。シトロエン初のSUVとなるこのモデルは、5人乗りプラス2人の追加が可能な広々とした車内スペースを確保し、全輪駆動であらゆる地形に対応します。
2007年 CITROËN C_42がオープン 長い準備作業を終え、シャンゼリゼ通り42番地に、国内外に向けたシトロエンのショールーム 「C_42」がオープンしました。6ヵ月の来場者数は、100万人に達しました。
2007年 CITROËN C5 AIRSCAPE フランクフルトモーターショーで、コンセプトカー、C5 Airscapeが公開されました。この大型カブリオレは、その後の新型Citroën C5に先駆けたモデルです。
2008年 新型CITROËN C5が登場 シトロエンはブリュッセルモーターショーにおいて、新型Citroën C5を披露しました。設計チームは、ゼロから発想しなおすことで、この新世代型モデルを開発しました。
2008年 CITROËN C3 PICASSOの登場 Picassoファミリーに小型の新モデル、Citroën C3 Picassoが加わりました。この革新的モデルは、大胆なスタイリング、画期的な構造と精密な設計により、他の車両に差を付ける一台となりました。
2008年 CITROËN NÉMO COMBIの発売 Berlingo Multispaceと共にシトロエンのレジャー車レンジを充実させる、Citroën Némo Combiが登場しました。特筆すべきはそのサイズです。外寸(全長3.96m)はコンパクトでも、広々とした車内を実現しました。
2008年 パリモーターショー イノベーション、エコロジー、そしてクリエイティビティ、これが2008年パリモーターショーでのシトロエンのキーワードです。シトロエンが展示した34モデルのラインナップには、11種類の新モデル、そして8種類のコンセプトカーも含まれていました。中でも、GTbyCitroën、2CV Hermes、コンセプトカーであるC-CactusとHypnos、さらにブランドの過去の名モデルに敬意を表したCitroën C3 Pluriel Charlestonなどが注目を集めました。
2009年 CITROËNの新たなアイデンティティ シトロエンは、創業者アンドレ・シトロエンの誕生日である2月5日に、ブランドの刷新を発表しました。具体的には新たなビジュアルアイデンティティ、新たな顧客関係、新たな生産ラインが導入されました。創業から90年となるシトロエンの歴史に新たな1ページが刻まれました。
2009年 ジュネーブモーターショーでのCITROËN DS INSIDE シトロエンはジュネーブモーターショーで、「シークレットボックス」をイメージした展示スペースにより、新コンセプトカー、DS Insideを披露しました。
2009年 上海モーターショーでのCITROËN C QUATREセダン 上海国際モーターショーでシトロエンは、ラインナップに新たに加わる2つのモデルを紹介しました。一つは世界初公開となったC Quatreセダン、もう一つが武漢工場で生産される新型C5です。
2009年 新型CITROËN C3の公開 フランクフルトモーターショーが、新型Citroën C3の初披露の場となりました。シトロエンはこのモデルに、200万台以上という野心的な売上目標を設定しました。
2009年 CITROËN REVOLTコンセプトカー Révolte (反乱(英語 Revolt)) - この最新コンセプトカーのためにシトロエンが選んだのは、刺激的な名前でした。モデルの大胆で進歩的な個性を表現するネーミングです。高級感の中に楽しさという要素が織り込まれた、コンパクトで都会的、素晴らしくシックな一台です。
2010年 ブリュッセルモーターショーでCITROËN C-ZÉROを公開 第88回ブリュッセルモーターショーでシトロエンは、Citroën C-Zéroを披露しました。コンパクトカーセグメントでのラインナップを拡大するこの新モデルは、市街地での走りを想定した100%電気自動車です。
2010年 CITROËN DS3の発表 DS Insideの展示(2009年ジュネーブ)そして新たなDSラインの告知から約1年後、シトロエンはDS3を発表しました。この新たなラインでは、これまでにないラディカルなデザインが選択され、メインレンジを一段と広げる個性的な車両が顔を揃えます。
2010年 ジュネーブモーターショーでCITROËN SURVOLTを公開 超越的でエキサイティング、そしてグラマラスな魅力も備えたSurvoltが、ジュネーブモーターショーで披露されました。個性的でオフビートな電気自動車を目指し開発されたこのモデルは、数カ月前に公開されたRévolteコンセプトカーから始まるアプローチの延長線上にあります。
2010年 MÉTROPOLIS シトロエンは、上海モーターショーに先駆け、2008年に上海に設立された自社のスタイリングセンターが設計した初のコンセプトカー、Métropolisを発表しました。その後このモデルは北京モーターショーで披露され、さらに上海万博のフランスパビリオンでも展示されました。
2010年 CITROËN DS3 RACING シトロエン・レーシングのエンジニアが、DS3のSport Chicバージョンの性能を一段と進化させました。そして生まれたのが、エンジン、ステアリング、シャシを改良したDS3 Racingです。
2010年 CITROËN C4が新登場 2008年のCitroën C5、そして2009年のC3に続き、シトロエンの優れたイノベーション力と先端技術力を証明する新モデル、Citroën C4が開発されました。
2010年 パリモーターショーでCITROËN LACOSTEを公開 シトロエンはパリモーターショーで新コンセプトカー、Citroën Lacosteを公開しました。シトロエンが考える未来の車のビジョンが反映されたモデルです。この新たなビジョンでは、「常により多くを求める」精神から離れ、よりリラックスした人生を目指すアプローチをとっていました。
2011年 CITROËN DS4の発売を開始 DSラインの2番目のモデルとなるCitroën DS4の発売が開始されました。性能と汎用性を融合し新たなドライビングセンセーションを実現する、着座位置の高い4ドアクーペです。
2011年 CITROËN MULTICITYの開始 Multicityの開始によりシトロエンは、あらゆる交通手段を網羅し移動を容易にするサービスを立ち上げた初の自動車メーカーとなりました。ウェブサイト: www.multicity.citroen.fr
2011年 上海でCITROËN DS5がお目見え Citroën DS3とDS4に続き、上海でDS5が公開されました。大胆で彫刻的なデザインのCitroën DS5は、斬新な発想から選ばれた構造、スタイリング、洗練性により、DSラインにパーフェクトにフィットします。
2011年 19回目を迎えたシトロエン2CVフレンズのワールドミーティング 2CVの生産終了と同じ日付に、Citroën 2CVフレンズの第19回ワールドミーティングが開催されました。この車とその派生モデル(Ami 6、Ami 8、Dyane、Méhariなど)7,000台と共に2万人を超える愛好家が参加しました。
2011年 フランクフルトモーターショーでCITROËN TUBIKを公開 第64回フランクフルトモーターショーが開催されました。目的地への到着に劣らず目的地までの道のりが重視されると考えるシトロエンの未来のモビリティのビジョン。これを提案する一台が、Type Hの未来型バージョンであるTubikコンセプトカーです。Tubikは、今日のサルーンと同程度に快適でスタイリッシュな車両に9名が乗車できるようにするという課題に挑んでいます。
2011年 FACEBOOKでのシトロエンファンは世界全体で100万人に 70もの関連Facebookページが存在するシトロエンのファンは、世界中で100万人を超える計算となります。
2012年 CITROËN C-ZÉROでの世界一周ツアー Croisière Jaune(黄色い巡洋艦隊)の到着から80年が過ぎたこの年、2人の若きエンジニア、グザヴィエとアントナンが、Citroën C-Zéroに乗り、電気自動車による初の世界一周に出発しました。8カ月で17カ国、合計2万5千キロを走行したこの旅に要した電気料金は、わずか250ユーロでした!
2012年 CITROËN C4 AIRCROSS シトロエンのラインナップを一段と充実させる、C4 Aircrossが登場しました。SUV市場の急速な拡大を考慮して、従来のSUVの設計を見直し、デザイン性と革新的な技術を融合したモデルです。
2012年 CITROËN NUMÉRO 9 シトロエンの最新モデル、Numéro 9が登場しました。DSラインに新たなイメージをもたらすこのコンセプトカーは、歴史ある有名なボディスタイル、シューティングブレークを新たに解釈した一台です。
2012年 CITROËN C-ELYSÉE シトロエンは、グローバル展開の速度を早め、Citroën C4 SedanとC-Elyséeの2つのモデルを立て続けに発売しました。いずれも3ボックスサルーンで、地中海地域、中国、ロシアなどの急成長する海外市場を主要マーケットとして想定しています。
2012年 パリモーターショーでCITROËN DS3 CABRIOを披露 パリモーターショーでシトロエンは、新モデルDS3 Cabrioの受注を開始しました。Citroën DS3のオープントップバージョンであるこの車は、DS3のあらゆるクオリティ(スタイリング、ドライビングセンセーション、スペース)をオープンエアドライブの楽しさと融合した一台です。最高で時速120kmまでトップを開けておくことができます。
2012年 WRCでの成功を祝うセバスチャン・ローブとダニエル・エレナ WRCでの初勝利から10年、セバスチャン・ローブとダニエル・エレナは、フランスのアルザスで9度目のWRCタイトルを獲得し、モータースポーツにおける新記録を打ち立てました。同時にシトロエンは、マニュファクチャラー部門で8度目の世界タイトルを手にしました。

C6の新ハイドロニューマチック・アクティブサスペンション

ハイドロ・ニューマチック・アクティブ・サスペンションは、110km/h以上の速度に達すると自動的に車高が12mmローダウンする他、ドライバーが任意に車高を上げ下げする事も可能となりました。
駆動方式はFFを踏襲し、エンジンは発売当初3L V6ガソリンNA(最高出力215ps/最大トルク30.5kgm)と2.7L V6ディーゼルターボ(最高出力204ps/最大トルク44.9kgm)が用意され、6速トルコン式ATと組み合わせられました。


ハイドロニューマチック・サスペンションとは、エアスプリングと油圧シリンダーおよび油圧ポンプを組み合わせた自動車用サスペンション機構の一種で、エアサスペンションの一種である。
名称は、「水の」という意味を持つギリシア語ὑδρο-(hydro-)と「空気の」または「空気圧で動く」という意味のフランス語「pneumatique」を組み合わせたものであるということができる。
なお、上記からわかるとおり、hydropneumatiqueは本来フランス語であり、フランス語での発音を音写すると、「イドロプヌマティク」となる。
サスペンションを構成する機構の一部であり、一般的な金属スプリングのサスペンションのスプリングとショックアブソーバーの部分に相当し、双方の機能を併せ持っている。
また、一般的なエアサスペンションとは異なり、気体(窒素ガス)は最初から密封されており、純粋にスプリングの機能のみを果たし、その他の機能は油圧シリンダーが受け持っている。
その油圧シリンダーに掛ける油圧を加減することにより、荷重の変化にかかわらず、車高を一定に保つことができ、車高の調整も可能であるが、そのためのポンプが必須である。
サスペンションのアームやリンクの配置とハイドロニューマチックとの組み合わせに特に決まりはなく、基本的には、どのような形式のサスペンションとも組み合わせ可能である。


ハイドロ搭載車年表
1954年 シトロエン15-SIX Hのリアサスペンションとして採用。
1955年 シトロエン・DSの制御システムとして全面的に採用。
1956年 シトロエン・DSの廉価版IDのサスペンションとして採用。
1970年 シトロエン・SMの制御システムとして採用。
1970年 シトロエン・GSの制御システムとして採用。
1974年 シトロエン・CXの制御システムとして採用。
1982年 シトロエン・BXの制御システムとして採用。
1989年 プジョー・405Mi16x4およびGRx4のリアサスペンションのバネと車高調整に採用。これらのオイルポンプは電動式である。
1989年 シトロエン・XMの制御システムとして電子制御型ハイドロニューマチックであるハイドラクティブを採用。
1993年 シトロエン・エグザンティアの制御システムとしてハイドラクティブIIを上級グレードに採用。
2000年 シトロエン・C5のサスペンションとしてハイドラクティブIII および III+ を採用。サスペンション以外の制御を切り離した。Citroen Japonのウェブページでは両者をハイドラクティブIII と記載。
2005年 シトロエン・C6の電子制御スプリングおよびダンピングシステムとしてハイドラクティブIII+を採用。

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シトロエン所沢

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●一部Wikipediaより引用。


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